マネージメント力がある?

プチ介護

昨日は義母の耳鼻科受診で仕事を早退しました。
ライブに行くときは「ライブ行きまーす」と、これは大抵定時に慌てて帰る感じです。
昨日は「プチ介護行きまーす」でお先に失礼しました。

職場の人に「どんな介護してはるのですか?」と尋ねられました。
軽く説明します。
義母はすでに言葉でのコミュニケーションは取れません。
いっときは力加減なしにつねられたり叩かれたりしたこともありつつ、今はアイコンタクトとスキンシップを持って気持ちで話をします。

「マネージメント力を垣間見る感じです」と言われ
「会社の若い人たちの対応は序の口ですね」とも言われます。
職場の若いお子たち(30前後)はみな、一筋縄でいかないタイプばかり。
皆さん、それぞれにに可愛らしいけれど、それぞれに取説がいる感じ(笑)

「言葉で会話ができるから若い子は問題ないわ」と言っておきます。
会話が成り立つからといってお互いの考えをお互いにちゃんと認識できているかというとそれはまた別問題やけど(笑)

マネージメント力があるなんて初めて言われたのでマネージメントって何やねん?とググりました。

人・物・金・時間などの使用法を最善にし、うまく物事を運営すること。特に、そのようにして企業を維持・発展させていくこと。経営管理。また、経営者。

物・お金・時間については別として、人はまず信頼関係を築くことが前提やと思っています。
信頼関係がないと会話が成り立っても理解は得られにくいものです。
信頼関係があると会話が成り立たずとも気持ちは通じるというものです。

ということで、昨日の義母の耳鼻科受診。
車椅子は大将が押してくれました。
初めての車椅子、がんばってはりました。
義母は車椅子で外に出るのは気持ちいいのか大人しく乗っています。
私は後ろから車が来ないか、横断する道の車を止めたりと、まぁこれはこれで忙しい。
ベビーカーにしろ車椅子にしろ、乗っている人は操作している人より前です。
そこに道を横断するときは神経使うわけです。
横にいてる人がそれをサポートしてくれるとありがたい。
ひとりで実父の車椅子を押しているときにいつも思っていたことです。
エレベーターを乗るときに後ろ向きに入るとか。
車椅子ひとつ操作するのにもなかなか気と頭を使います。

ホームから10分ほどのところにある耳鼻科です。
外待ち合いには誰もいなくてラッキーです。
受付をしているときに義母の奇声を背中で聞きます。
早々に問診票を書き終えて義母のそばに戻ります。
目を見てニッと笑うと義母も笑います。
奇声は発しません。
診察のときもわりと大人しく、流石に耳の中を処置されたときは「いたい!」と発しました。
数年前、皮膚科に連れて行ってたときは、なんとなく痛いことをされると想像する力はまだあったのか、いろいろ拒否したりと大変でしたが、すでにその感覚は失われたようです。
痛いなど不快な思いをしたときに反応する感じです。

診察を終え、外待ちで待っているとき。
外から誰か入ってきたときにまた奇声をあげます。
奇声をあげるというのも気持ちの表現のひとつなのでしょう。
赤ちゃんと同じです。
義母の耳は、ホームの主治医の処置は問題なく、治りが遅かっただけでマシになっているという診断を聞き、ホームに戻ります。
晩ご飯の時間に連れ出したのもありお腹が空いているのでしょう。
私が指を口に近づけるとお口をあんぐりと開けます。
3人の子どもを育てたときのことを思い出します。
大将に「お腹空いているんやで」
と、言います。
義母のお口あんぐりを見て「それってそういうサインなん?」と聞いてきます。
子ども3人のお風呂は入れてくれたけど、それだけなのでそんなもんでしょう。
男性が自分の親の介護が苦痛になるのはこのあたりの感覚が欠如しているからかもしれません。

子育ては忍耐です。
子どもの可愛さでその忍耐も屁ぷーにはなるのですが。
義母は2歳児のイヤイヤ期を過ぎたようです。
過ぎたといっても逆戻りです。
すでに自分の足で立つことができなくなっているのが、ズボンの中に見える筋肉のない太ももでわかります。
人間の身体は使わなくなると衰えていきます。
ということで、昨日の今日ですが、今日は義父のプチ介護です。
散歩です。
歩きます💨

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