父の病院介護

昨日は父の病院付き添い介護。
私がしなくてもヘルパーさんを呼ぶって手もあるのやけど、
出来る時はと朝7時に家を出て尼崎に向かう。

この時期の7時って完全に朝になっていない空模様の中
地下鉄を乗り継ぎ
空が明るくなっているのを見たのは
JR尼崎の手前、JR東西線が地上に姿を現し、神戸線へと移行する手前。

JRを乗り捨てて市バスに乗り実家着。
のんびり、朝ごはんのおかゆさんを食べている父に
「えらい早くに何しにきたん?」って。
何しにきたんてぇ〜〜こけるわ。
「今日は病院やん」って云うと
「今日はデイサービスでぜんざいよばれるねん」って
話が交わらん。

とにかく、診察券を先に出してきとこと、
実家から徒歩5分ほどの内科、そこから5分ほどの泌尿器科とまわり
また5分かけて戻ってきた。
「爪が伸びてるねん」って父
「せやなぁ、大晦日に切ったきりやもんなぁ、そろそろ伸びるわな」と
爪を切ってやる。

「くその役にも立てへん左手、爪だけは一人前に伸びよるなぁ」と
毎回同じことを云う私。
「ほんまやなぁ」と同じ返事の父。
こんな憎まれ口の冗談は実の父やから云えること。

移動はすべてタクシー利用で実家〜内科〜泌尿器科〜実家で
お昼過ぎまでかかる。
途中、泌尿器科の待合の椅子に座るとき、足の運びがおかしくなり
倒れかけた父を抱き起こす私。
周りのおっちゃん、おばちゃんの注目の的ですわ。

待合室で長いこと待たされると辛抱しきず文句を言い出しそうになる父に
話題をふり、気をそらして平穏に待たさなければならず、
ほんま子供と同じ。

60歳を還暦というのも、いまは、80歳で還暦なんとちがうか?
いまどきの60歳は還暦ってイメージやないやん。
そんなことを思いつつ、80歳の父の相手をする私。

戻ってきて母が作ってくれたお好み焼きを食べ、
今度は薬局に処方箋を持って薬も貰いに行く。
そして、ピルケースに種分け。

その間、病院めぐりで疲れたのか、居眠りをこく父。
ほんま、子供と一緒やがな。
私はまた1時間半かけて子供の待つ自宅に帰らなあかんのに。

せやせや、
内科の待合で成人式の話をしてた時、
うちの娘、父にとっては初孫、
私によ〜似てるから可愛い〜てしゃ〜ない孫。
3年後の成人式の着物を買うとか買われへんとかって話。

「こんなんになってもうて、お金よ〜さん使ってもうて
着物買ってやられへんようになった。
成人式で着物着たいやろうに・・・」と泣き出す父。
「いや、泣かんでも。
そない高いもんでなかったら買えるで」と買ってもらう算段の私。

てか、まだ3年あるし、
てか、娘の成人式までご健在の心積もりか、
それって私の介護が続くってことか、
いや、早くにどないかなってほしいとは思わんけど
思わんけど、
どうなん?って複雑な心境が正直な私。

やっぱり、私は60歳ぐらいまで生きたらいいか、
それぐらいでケリをつけたいなと切に願う。

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