まだまだ、ダウンを着ている人がいてる中、
暦は4月。
桜の季節。
本日も実家の父の病院介護ヘルパーに行ってきた。
相変わらず白血球の数値が高いとこにひっかかる医者。
本人はいたって元気やし、
せきが出るっていうたかて
私のほうが出ている。
とりあえず、タンを取って調べるからということで
いつもどおり脳梗塞後遺症の薬を30日分処方してもらう。
高齢者はタンによる窒息死もあるそうで・・・
やや子(赤子)と一緒やとつくづく思う私。
院内の後期高齢者保険証の案内ポスターを見て
鞄の中の父のそれを見て
「へぇ〜これって75歳以上のものなんやなぁ」とつぶやくと
「そうか・・・」と
「らしいで。知らんかったん?」
「11月で1歳や。81歳」って
話かみ合ってへんがな。
1歳に食いつく私。
「ほんまやなぁ、1歳やなぁ」って1歳を強調する。
会計も終わり、いつもどおりにタクシーを呼んでもらう。
偶然にも行きで乗ったタクシーと同じタクシーが来てくれはる。
病院のドアを
父をつれて出ると朝のタクシーのおっちゃんが笑って立ってはる。
月曜日のタクシーのおっちゃんは行きも帰りもいまいち愛想なしやったのが
今日のタクシーのおっちゃんは愛想よしで
車に乗り込むと
「家まで?」と云って時計を見て
「だいたい1時間ぐらいやったなぁ」と。
左が不自由なので左側に右足から乗り降りしないと難しい父の状態を把握していて
帰りは降りやすい方向にとめてくれはる。
こういう気遣いはほんま有難い。
次もこのおっちゃんを指名したいぐらいやなぁと思う。
実家に戻って1週間朝昼夕夜と分かれたピルケースに
薬の分別をして、
いつまでたっても返事が来ない身障者手続きにしびれを切れして
尼崎の市役所にちょっときつい電話する。
尼崎の市役所じゃ話にならず兵庫県の福祉課に電話して
「仕事、遅すぎですわ[びっくり2]」と云う。
ほんま、去年の年末に申請してるねん。
まだ手帳が発行されへんって、仕事が遅すぎやという文句。
おまけに
「失礼ですがお名前いただけますか?」と聞かんと名乗らんという失礼なヤツ。
こっちの名前を聞いた時点で名乗れちゅうねん[びっくり2]
とまぁ、今日は朝から血が上りやすくなっている私はぶち切れ。
血薄いし、血を流すポンプ役の心臓の力が弱いちゅうのに、
こういうときは一気に血が上るもんなやなぁ。
血の勢いもないし、肺活量もないのに気合だけで生きてるって怖いわ。
3月の次男のミニバス、お別れ会でのバスケ遊びのとき
笛を吹いたが、
そのときに私ってこんなに肺活量なかったか?というぐらい
弱々しい笛の音。
おまけに長く続けたいのに長く吹けない。
息が続かない。
この辺りがやられるとコテチンやな・・
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